日本から直行便がないので、

トランスファーの空港で数時間を経てカトマンズに降り立ちます。

初めて来たときには、

ここまででも結構なカルチャーショック。

この空港は何故こんなに暗いのだろう?

なぜ、記入用紙が散らばっているのだろう?

何故便座が濡れているのだろう?

どうしてすべてのものが砂埃でザラザラしているのだろう?

空港の外に出れば出たで、さらにすごい砂埃。

電線は何本あるのか分からず絡み合い垂れ下がり、

走っている車はすべて廃車したものですか?

という感じ。

やっとホテルに着いて、

砂埃を落とそうとお風呂にお湯を貯めると5つ星でも茶色いお湯。

翌日ポカラ行きの国内線に向かうと、

天井を猿が行き交い隙あらば食べ物を奪おうと待ち構えています。

(今は新しくなって猿は入って来ません)

五年前のことですが、当時は電気も時間制限があったので、

すぐ停電です。

(この5年での発展具合は目を見張るものがあります)

 

 

ポカラで一泊してジョムソンへ。

ジョムソンはヒマラヤの玄関口。

ここまで来ないと、ヒマラヤの空気感は味わえません。

標高も900メートル地点から一気に2700メートルまで上がるので、

ここでお具合の悪くなる方もいらっしゃいます。

暖かいポカラからキリッとしたジョムソンまでは、

飛行機ならば20分です。

初めての方は車での移動(何もなければ7時間)の方が優しいかもしれません。

今回は、飛行機の揺れが酷く、

少々落ちることも覚悟したほどです。

(こちらは良く落ちます)

 

そして、ジョムソンから1時間半のガタガタ位置を移動して、

ダウラギリの待つタサンに向かいます。

 

何も考えなければ、

「なんと長い距離を移動しなければならないのだろう」

との認識になってしまいますが、

この行程こそが、

日常生活から離れて、

「待合から茶室へと続く小道である露地を進む」段階なのです。

 

日常から離れていく。

それはまるで非日常の泉の中に足をそっと浸し

その温度や透明度、肌にまとわりつく水の濃度などを味わうことによって

感覚を研ぎ澄ませていくような感じです。

ヒマラヤという異空間での体験を存分に味わえるように備えるための時間です。

ですから、ここまでの長い行程の様々な変化の段階で

その後の精神の変容の差が出るように思います。

この行程の捉え方によって、

同じ空間にいても、

ただの観光旅行やトレッキングにしかならないこともあるのです。

これが、

「結果」

に目を向ける西洋的なモノの見方と

その「道のり」

を味わうことができる東洋的な感性に違いであり、

これこそがエネルギー感知の唯一の方法のようにも思えます。

 

 

 

山本ユキブログ「イシスの息吹」より転載
http://yukiyamamoto.hatenablog.com/entry/2018/11/23/072503