エネルギーの学校の入り口クラスが先日行われましたが、

 いつも、このクラスの最初には必ず、

 「古代からの叡智の系譜」をご紹介します。

そして、今私たちがどの位置に立ち、

私たちに流れて来ている智慧の一滴は

どこから流れてきているものなのかを確認します。

私はこの系譜を眺めるのが大好きなのです。

何千年何万年前から目指してきたところは、

変わらないことが見えてくるからです。

 

 

 

前世には全く関心のない私ですが、

古代から人間が、時には命をかけて守り続けてきた叡智を

現代、誰でも手に取ることができるようになったことは感慨深いものです。

そして、また反対に

こうして「口にするだけでも命の危険があった情報」が開示されても、

未だ人間は、もしかするとそんなに「進めてはいないのかもしれない」

という事実にも愕然とします。

 

 

人類の利便性に関しての発展は目を見張るものがありますが、

古代叡智を通して魂やエネルギーの進歩は遅々たるものです。

エネルギーの学校でも、

当初は、古代叡智の知識の伝達に時間を割いてきましたが、

いつでもどこでもネットを検索すれば目の前に現れてくる情報に関して、

今では時間を割くことはほとんどなくなりました。

それは教えてもらうものではなく、

自ら学習できるだけの足腰が付いてきたということだし、

その足腰がなければこの先には進めないからです。

 

 

 

古代の叡智の系譜を見ていると、

そこには政治的な関与による智慧の崩壊や、

自らを誇示したり守りに入るため、

そして団体を維持していくためにそれを利用し、

捻じ曲げ、時には潰してきた姿も露わになります。

本来、もしかすると物質界の言語では語り尽くすことができないものでありながらも、

先に記した(6行前)事のために教義化したものも少なくありません。

 

 

 

今月の初めに沖縄に行った際に、

天の御嶽で差し出されたエネルギーは、

私が培ってきたエネルギーを伝達するためのツールでした。

帰って早々の触れるチャクラクラスでは、

早速、そのツールを使ってエネルギーの伝達が始まりました。

そして、定例のクラスでもそれは始まっています。

エネルギーの学校が新たなステージに入ったことを肌で感じています。

 

 

 

古代の叡智の系譜を見てみても、

エネルギーの世界の伝達はエネルギーでの伝達しかありえないことが、

改めて見えてきます。

どんなにネットで知識が開示されようとも、

エネルギー伝達がない限り、

それは机上の空論に過ぎないのです。

そして、今後さらにAI化が進み、

人間しかできないことを考えざるをえない日が近づいてくる事を考えてみても、

この物質界においてのエネルギー伝達の先導だけは、

人間の身体が必要なのだと確信します。

 

 

 

 

生のエネルギー伝達によって、

メンバーがどのように変容していくのかを見ることが、

本当に楽しみです。

 

 

これは、現在のエジプト・アレキサンドリアの大図書館の壁。

 

一面に世界中の言語が描かれています。

 

 

 

 

 

山本ユキブログ「イシスの息吹」より転載

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