ヒマラヤに来るとまず訪れるダウラギリ。

その前にやってくると、

呼吸は深くなり、

身体中の細胞まで生き生きと深呼吸をしているような感じがします。

私のヒマラヤ旅は、一人一室が原則。

せっかくヒマラヤまでやって来たのですから、

周りに影響される事なく、

思い切りエネルギーを味わい広げてみてほしいからです。

少し散歩に出れば、ダウラギリの山肌を降りてくる滝の音、木々の葉が風に揺れる音に包まれます。

晴れていればキラキラと葉の間から差し込む陽の光を楽しみ、

曇っていれば、その雲が作る美しい流れをいつまでも眺めていたくなります。

1つ1つの音に身を委ねれば、

自分がいかにパターン化した心や身体やエネルギーの使い方をしていたのかがわかり、

その粒子を洗うかのように、この空間に身を委ねていきます。

やがて、この空間の中で「個」という自分の意識が薄らぎはじめ、

あらゆる存在との一体感を感じます。

どこまでも続いていく意識は、

遥か彼方に聳える山頂までも届かんばかりになります。

そこでは何もない空間にもかかわらず

海の中にいるように空に質量を感じ、

全ての繋がりを味わいます。

毎回、ここに来る度に、

如何に自分がパターン化していたのか気付かされます。

サビを落とすかのように、

忘れていた感覚を取り戻し始めるのです。

 

 

 

 

山本ユキブログ「イシスの息吹」より転載
http://yukiyamamoto.hatenablog.com/entry/2018/11/02/071040