身体というお道具、そして、観察可能な複数のエネルギー体考察 6

 

2021年 7月10日(土)北町公民館2階和室(わら舞)

地に足を着けなおす 15:10〜

医療従事者クラス・エーテル塾 11:00〜

舞扇をお忘れなく。

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さて、ここでいう「意識」とは「私」の意識である。

「私」とは、(前面から深部への移行によって薄まってはいるが)

この人生で多くの人が「自分」と認識しているものだ。

日々、その「私」の中で生活している。

それは当たり前に当たり前のことだけれども、

複数のエネルギーを確実に認識していくには、

越えていかなければならない。

 

その過程の中で、一定時間、

2−5 意識の中心を足裏に保つ事ができれば、

その時間、身体はエネルギーを受け取る器となる。

 

複数のエネルギー体を認識するには、

「私」という色を消さなければならない。

色を通して認識したエネルギーは、

その色の周波数体の眼鏡を通しての認識になってしまうからだ。

ここが多くのエネルギー認識を歪めてしまう大きな要因だと思える。

 

そして、これは多くの専門職の方が身につけてきた様々な手法や知識にも言えること。

生のエネルギーを感知したいのであれば、それも「私の鎧」の一つだと認識する必要がある。

これまでも多くの方にエネルギーセッションのデモをお見せしてきたが、

同じ疾病名でも、一つとして同じエネルギーはない。

回復していく道のりも違う。

 

クライアントに滞りを認識した時、

方程式のようにその原因を特定し、実際のエネルギーを追わなくなるのではなく、

それは幾重にも重なってその状態になっていることを予測する必要がある。

その滞りと共に寄り添うことにより、

花が開くように一つ一つの要因が顔を表してくれる。

こちら側のすることは、

自分のエネルギーをクリアにしてただ滞りに寄り添うことだけだ。

 

当たり前と言えば当たり前のことだが、

多くの方が見落としている。

そして、未だにパターン化した手法を教え学んでいる。

まず、自分自身がこの様に変容しない限りエネルギー認識はおままごとに過ぎない。

 

自分をクリアにしない状態での瞑想も全く同じことだ。

何となく気持ち良くはなるかもしれないが、

そこに横たわっているエネルギーは見落としている。

 

 

 

 

 

 

 

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team0x's blog より転載